広島高等裁判所松江支部 昭和27年(う)245号 判決
弁護人の控訴趣意(たゞし、被告人名義の控訴趣意書中第一の部分を除く)について。
所論は結局、被告人は本件犯罪に全く関係がないのに拘らず、原審が、被告人に有利な証拠はすべてこれを排斥し、検察官提出に係る証拠のみによつて、被告人をも真の犯人であると断じたのは、事実の誤認を犯したものであると主張するに帰着する。所論に鑑み、訴訟記録及び原裁判所が取調べた証拠を精査するに、原審が、本件犯行が行われたという昭和二七年六月二一日当夜、及び被告人が共犯者と共に賍物たるタングステン鉱を売却処分せんがためこれを大阪市まで運搬したという同月二三日から二五日頃までの期間中の実際の動静に関する被告人の弁解を排斥し、主として証人具成浩(第一、二回)、一海力之助、柳承一の各証言を根拠として、被告人が具成浩等と共謀の上、本件犯行に出でたとの事実を認定したことは、所論のとおりである。原審が採用した右各証言は、一応犯罪事実認定の資料としての形式を具備しているけれども、進んで、その内容を仔細に検討するに、犯人の同一性の如き極めて重要な事項に関し、或は明確を欠き、或は必ずしも首尾一貫せるものということができないものがあるのみならず却つて、真の犯人の容貌と被告人のそれとが似ていた為にそれ等の証人が或いは錯覚に基いて、真の犯人と被告人とは混同しているのではないかとの疑惑を挿まざるを得ない点が多々存するのである。而かも原審が、被告人の前記弁解に符合する証人川瀬一正、山崎フミ、山崎保定、山田昌三、山崎秀、古藤正福、山崎国三郵、川島彌生、奥原仲之助の各証言については、いずれも単に措信するに足らないものとしてこれを排斥したことは、原判決の判文によつて明らかである。しかしながらそれ等の証人が、いずれも被告人が勾留されてその身柄拘束期間中喚問されたものであり、且その半数以上が、接見及び文書の授受禁止決定の取消される以前の証人であることは、記録上明白であるから被告人のいわゆる不在証明に関する右各証言の取捨判断をするに当つてはこの事実を十分念頭に置いて考察すべきであつて、特に顕著な反証がない限り、単にその信憑力が乏しいものとしてこれに眼を蔽うことは、経験則上妥当を欠くものといわなければならない。原審が犯罪事実認定の資料として採用した証拠と、被告人のいわゆる不在証明に関する証拠とを彼此対比検討するに、右後者によれば被告人の不在証明は一応成立しているものというべくこれを覆すに足る証拠が全くない本件においては、被告人を以て真の犯人であると断定することは、早計に過ぎるとの譏を免れないものといわなければならない。即ち、本件については、犯罪の証明が十分でない場合に該当するというべく、当審における証人柳承一、石橋龍二、玉井知義、三宅イワ、青戸幾雄、具成浩の各証言及び被告人の供述に徴しても、右判断に誤謬がないことを裏付けて余ありということができる。然るに、原審において、被告人が真の犯人であると認定したのは、事実の誤認を犯したものであつて、而かも、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、その破棄を免れない。論旨理由あり。